2014年5月21日水曜日

流れって何?

こんばんは、会長の菊地です。

今日の活動で副会長こと刹那 莎畤選手も規定回数20回を超え、JMU雀王戦5の現在第3位に付けました。

今日はたくさん打たせて頂きましたが、ほとんど2着だったと思います。

1位には常に刹那 莎畤副会長がいたからです。

さて、そんな副会長を見ると、1回戦目から3−1−1−1−1−1の順位。何があったのでしょうか。

ポイントは2回戦目の東1局で(私なりの考えですが)説明がつきます。

2回戦目の東1局、副会長は国士無双を出和了し、流れに乗ったのです。

流れについては人それぞれに意見は違います。その上の話として聞いて下さい。

人は流れが良い、又は良い和了をした後の局の牌配がとても良く見えます。和了して連荘したときなど皆さん思いますよね?

逆に放銃した、捨牌の河を見て、あっちにとっておけば和了できてた・・・=和了逃し

この時の心情を次の局で見ると、見えている三色や混全帯么九、七対子など色々ありますが、見えなくなってしまいます。見えづらくなる、といった方が正解でしょうか。振り込んだ分を挽回する手役、点数に癒着して、簡単な平和自摸の400・700などのイメージが薄れるからです。
12000点振り込んだ次に400/700=1100点を和了たいとは考えないからです。満貫からにしたいところですね。

その感情が高い手作りを求められ、手が軽い人に和了される。悪循環です。

その点、先ほどの刹那 莎畤副会長は役満を和了、流れも、気持ちも良い状態で次の局へ進んでいます。

そうすると放銃した人の反対で難しい牌配でも、考えて、良い方、簡単な方を選べます。

この差がとても大きいのです。

私はよく、単騎待ち立直や振聴立直をかけます。それは自分が流れが良いと思っているからです。もちろん振聴立直なんてブラフ中のブラフに過ぎませんが、相手の手を止めることはできます。それで聴牌収入で3000点なんて入った時は素直に嬉しいです。

問題は流れが悪い時に振聴立直をかけられるかどうか。カンチャン立直などでも。

それは流れの善し悪しではなく、メンタルだと思っています。

立直者がいるのに鳴いて攻めるメンタルとは少し違います。

私たち日本麻雀連合では発声、点数申告を正しく行うよう、厳しくしております。

放銃したときには「はい」と発言しなければなりません。点棒のやりとりと同じですね。

私は放銃しても、「はい」と返答することで気持ちをリセットしています。

そのおかげで、冷静になれます。「さっきの手、アレが通れば聴牌だった・・・」などマイナスのことは考えずに次のことに目を向けます。牌譜検討は活動後でもできます。

そう考えれば、麻雀の「流れ」とは一概に言えなく、人によって「流れの内容は異なる」と言う事が言えます。

最後に。

私は流れを信じてはいますが、対戦相手には教えません。
私が重用視とみているものは「流れ」よりも人の「メンタル」なのかもしれません。

長々とありがとうございました。菊地 秀幸

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